和田よしあき プロフィール

衆議院

安全保障委員会、法務委員会、科学技術・イノベーション推進特別委員会

自民党

国防部会副部会長、商工・中小企業関係団体委員会副委員長、女性局次長、遊説局局長代理、ネットメディア局次長、IT戦略特別委員会事務局次長、サイバーセキュリティ対策本部幹事、JR北海道問題PT事務局次長、インテリジェンス・秘密保全等検討PT副座長、虐待等に関する特命委員会幹事、食育調査会事務局次長、治安・テロ対策調査会事務局次長、農産物輸出対策委員会事務局次長、宇宙・海洋開発特別委員会 宇宙総合戦略小委員会事務局次長

その他

日本空手道師範会顧問、公益社団法人マナーキッズ®プロジェクト北海道支部長、石狩市柔道連盟顧問、財団法人北海道体育文化協会DO新体操クラブ顧問、表千家同門会札幌支部顧問、恵庭三四会相談役、一般社団法人茶道裏千家淡交会札幌支部連合会顧問、江別水泳協会顧問

好きな言葉

「失敗は成功の糧」

家族構成

妻、長女

尊敬する人物

町村信孝、ウィンストン・チャーチル

趣味

テニス、キックボクシング、ダイビング、ラグビー、旅行、料理、食べ歩き

最近感動した本

「歴史を変えた外交交渉」(F・スタントン著)
「知的機動力の本質」(野中郁次郎著)
「リーダーを目指す人の心得」(コリン・パウエル著)
「シフト」(マシュー・バロウズ著)
「饗宴外交」(西川恵著)

近況

商社マン時代に培った「徹底した現場主義」を実践。
現場を自らの目でしっかりと見て、生の声に耳を傾け、時には自から体を使って体験して、自分自身の「想い」として政策立案に全力で取り組んでいます。
同時にグローバルな視点からも日本を客観的に見て日本のあるべき姿、進むべき道を政策提言しています。

国家・地域の更なる繁栄と国民の幸せの実現に向けて日夜「挑戦者」として、貪欲に活動しています。

(H30年12月現在)

経歴

昭和46年10月10日

大阪府生まれ

インターナショナルスクールオブパリス、早稲田大学商学部卒業

平成7年

三菱商事 入社
約20年間海外自動車事業に従事、中南米・東南アジア・インド等の地域を担当
ペルーに1年間長期滞在、インドに5年間駐在

平成26年11月

同社退職(最終役職 部長代理)

平成26年12月

同社退職後、衆議院議員町村信孝事務所 入所
副所長として、衆議院総選挙、地元・国会活動を通じて政治現場に従事

平成27年7月

自由民主党北海道第五選挙区支部長に就任

平成28年4月

衆議院北海道五区補欠選挙に立候補、13万5,842票を獲得し、初当選

平成29年10月

第48回衆議院総選挙にて14万2,687票を獲得し、2期目当選

Q&Aで知る和田よしあき

『政治への道を決断』(自由民主北海道第5区版2015.8.24インタビュー記事より)

政治への道を決断したのは、どんな経緯からですか。

2013(平成25)年の正月、家族でおせち料理を食べているとき、義父(=町村信孝氏)から突然「国のために働いてみないか」と言われ大変驚きました。
その時は急なことでしたので「1年間、猶予をください」とだけ答えました。決断したのは一昨年4月ごろ、これまでは商社での仕事を通して人々のために働いてきましたが、国会議員は直接的に国と地域の役に立てるすばらしい仕事だと義父から聞き、政治の道に挑戦する決意を固めました。
会社を辞めて、平成26年12月に町村事務所に入りました。

生まれ、育ち、子供のころの夢は?

私は一人っ子で、実父はサラリーマン、母は専業主婦でした。生まれてから中学まで、主に兵庫県の神戸で育ちました。小学校では少年野球のエースとして県大会に出場しました。当時の夢は野球選手でした。

学生時代に打ち込んだスポーツや研究分野は?

テニスと広告論理研究。妻との出会いも、東京のテニスコートでした。

外国暮らしが長いそうですね。

通算10年になります。中学3年のとき、父の転勤でフランスに行き、高校卒業までパリのインターナショナルスクールに通いました。早稲田大学を卒業して三菱商事に入り、自動車事業本部で事業投資、販売、店舗開発など、幅広い業務に従事しました。入社3年で新会社設立のためペルーに1年間、長期出張しました。直近の5年間はインドの現地企業に出向し、企業再生に尽力するかたわらインドの隅々まで車を売り歩きました。

休日の過ごし方は?

妻と一昨年春に生まれた長女と3人で散歩することが楽しみです。時間があればジムで汗を流しています。

意気込み聞かせて下さい。

20年勤めた大好きな会社を辞め、江別へ引っ越してきて、すべての退路を断って背水の陣で臨みます。地元の仕事をコツコツとやりつつ、日本をどうするかという大きな視点で仕事をしてきた義父・町村信孝の真摯な政治姿勢を引き継ぐとともに、これまで家族が地元の皆さまにいただいたご厚情への恩返しをしなければなりません。墓前に負け戦の報告はできませんから「なんとしても勝つ」という強い気持ちで戦っていきたいと思います。

『目指すは“地域の御用聞き”北海道の魅力を世界に発信』(自民党広報誌 [われら 北海道] 2016.2.26インタビュー記事より)

北海道経済の現状をどう見ていますか。

少しずつ良くなっていますが、多くの人が実感を持つまでには至っていないと感じています。今後、経済活性化の原動力として期待できるのが観光です。世界の一流ホテルがルスツやキロロに進出を決めましたが、世界中を知り尽くした人が「ここがいい」と投資を判断したというのは本当にすごいことで、一道民として誇りに思います。私も北海道のすご腕セールスマンとして、北海道の魅力を世界に売り込んでいきたいです。
それから、公共事業予算は基本的に単年度で組まれるため、企業側はなかなか人を雇えない、設備投資もできないという問題を抱えていますが、国や自治体が何年か先の見通しを示すことで、もっとポテンシャルを発揮することができると思います。
賃金に関しては、保育士や介護職員が低賃金で長時間働いており、人口減少に歯止めをかけるためには早急に改善する必要があります。また、農林水産業の振興なくして北海道の創生は成し得ません。農業であれば都市型など多様の形態の農業が日本の食料供給を支えるために安定継続できるよう、そして若者が希望を持って農業に従事できるように取り組まなければなりません。

野党は安保関連法の廃案を求めていますが、平和安全法制の必要性をどう感じていますか。

国際的な安全保障環境がこれだけ変化しているのに、「憲法9条があるから大丈夫」という野党は実に無責任。真剣に日本の平和と国民の生命・財産を守ろうとしているのは、自民党であり公明党だと思います。

地域まわりをする中で、どんなことを感じますか。

商社時代に現場を歩き、理解することの大切さを信条としていますが、政治家も一緒です。義父(町村信孝前衆議院議長)が亡くなり「国と地域を結ぶパイプがなくなって困っている」という声をお聞きしますが、そうした皆さんのご期待に応え「凛とした力強い日本と北海道を取り戻す」ためにも、1人でも多くの人に「平和の和、田んぼの田で、和田」と覚えてもらえるよう頑張ります。